小田原せいプロフィール

新橋の母こと小田原せいのホームページ

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プロフィール

1946
福岡県太宰府出身。
1964
18歳の時、民謡の佐藤みえこ先生のもとへ弟子入りし、”堀田加代”の名で歌手デビュー。デビュー曲は「吉田松陰」。
1970
24歳の時、声帯を痛め歌手活動引退後"立花光”の名で六本木にスナック「芽女」をオープン。"光ママ”として何店舗も経営する。
1982
博多・中州を中心に4軒のクラブを経営するまでになるが、新規事業に失敗し無一文となる。
1991
再び上京し、スナックの手伝いをしながらも、10代から研究していた数術を元に、店の客相手に占いを始めるが、あまりの的中率が話題となり、地元商店主が「小田原聖占いの館」を開いてくれる。「小田原聖」は自ら命名する。
盛況ぶりが評判となり、マスコミに取り上げられ一躍人気占い師となる。
1997
9月、「貴方の未来を読む「占霊術」入門」(ポケットブック社(ごま書房))を発売。
2001
9月「動いていい時、動いてはいけない時」(ゴマブックス社)を発売。
2004
名前を「小田原聖」から「小田原せい」に改名する。
9月、占霊術師小田原せいの「命数占い」(インターワーク社)を発売。
2006
1月、シーサイド芝弥生にて、「還暦の祝いパーティー」を開催。盛況を博す。
2011
公式占いサイト「新橋の母 占霊術」オープン